進化論的世界観について

By | 2018年1月20日

私は、この歳になって生物学を勉強しています。

生物学を学べば学ぶほど、生命というものは、遺伝子を複製するために何十億年もの間営々と進化してきたものであり、この地球上に存在する生命は、その過程で生み出された進化の賜物だという確信に至ります。

ダーウィンの唱えた進化論は真理なのです。

その事実から導き出される、所謂「進化論的世界観」も真理です。

私の考える進化論的世界観というのは、この世の生物は、「変異」、「遺伝」、「自然選択」が積み重なってできた結果であり、人間がこの世に存在するのも、ある意味「偶然」が多大に影響している、というものです。

ただし、そう考えたからと言って、我々の世界には何の意味もないと言っているわけではありません。
事実と価値を混同してはいけないと思っているのです。
進化論的世界観を認めてしまうと虚無に陥るので進化論的世界観は良くない、という意見もありますが、それは事実と価値を混同しているのではないでしょうか。

起こった事実を無かったことにすることができないように、進化論的世界観を認めないわけには行かないのです。

逆に、ある種の方から反感を買うかもしれませんが、宗教的な世界観は非常に良くないと思います。
よく言われることですが、宗教は麻薬のようなもので、知らないうちに人の心を蝕みます。
過去、宗教によってどれだけの人が殺されでしょうか。宗教的世界観(特に一神教的世界観)こそは、世の中に害毒を流す考え方だと思っています。

宗教に心が蝕まれると、真の人間性が失われ、宗教のために他人をも傷つけることに疑問を感じなくなります。現に今の世界もそうじゃないでしょうか。

これが私の考えです。
また、世の中にそのように考える人が増えてほしいと思っています。
むりやり神を作り出さなくても、人は幸せになることができます。

ふと、ついこのようなブログを書いてしまいました。

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